basic information
発行国 イギリス
発行地 ロンドン王立造幣局
年 号 1891年
額 面 ソブリン(1ポンド)
鑑定機関 PCGS
グレード PR65+ DCAM
鑑定番号 47241693
希少性 R7(Wilson & Rasmussen:現存1〜2枚級)
直 径 22.0 mm
重 量 7.9881 g
品 位 金 917/1000
AGW 0.2355 oz
参考文献 Marsh 129B / Spink 3866C / WR-337
【R7】1891年 イギリス ヴィクトリア女王 ジュビリー・プルーフ・ソブリン ロングテール初出 PCGS PR65+ DCAM Single Finest /

【R7】1891年 イギリス ヴィクトリア女王 ジュビリー・プルーフ・ソブリン ロングテール初出 PCGS PR65+ DCAM Single Finest /
1891年にロンドン王立造幣局で打刻されたプルーフ・ゴールド・ソブリンであり、ヴィクトリア女王ジュビリー・コインの系譜において、意匠と制度の整理が進む重要な節目を示す、試作的要素と記念的性格を併せ持つ一枚である。
本コインは、サー・ジョセフ・エドガー・ベーム(Sir Joseph Edgar Boehm)によるジュビリー肖像を用いながら、裏面において従来の短い馬尾とは異なる「ロングテール(Long Tail)」を備えた、ジュビリー期における重要な初期プルーフ例として位置づけられる。
1890年にベームが没したのち、ほどなく制作された1891年プルーフは、単なる年号違いのプルーフではなく、ジュビリー貨幣の意匠整理が進行する局面に属する特異な存在である。実務的流通を目的とした量産金貨とは性格を異にし、造幣局内部での確認、あるいは提示・保存を意識した制作形態に近い性格を持つと理解されている。
PCGSでは PR65+ DCAM の評価を受けており、ポピュレーション(出品時点)では同グレードが単独登録、すなわち Single Finest(Top Pop)として位置づけられている。
さらに Wilson & Rasmussen による希少度評価では R7 が付され、現存は1〜2枚規模と推定される、英国近代金貨の中でも最上位層に属する稀少性を備えている。
Surface (obverse).
1891年プルーフ・ソブリンのオブバースには、サー・ジョセフ・エドガー・ベームによる、いわゆる「ジュビリー・バスト」が据えられている。
この肖像は、1880年に行われたヴィクトリア女王本人とのライフ・シッティングを基に制作されたものであり、理想化された若き君主像ではなく、長期統治を重ねた女王の実在感と制度的威厳を捉えた点に特徴がある。
王冠を戴き、ヴェールを垂らした女王の横顔は、写実性と抑制された理想化の間で精緻な均衡を保っている。頬から顎にかけての量感、首元の処理、ヴェールの重なり方には、ベーム特有の彫塑的感覚が明確に表れており、これはウィリアム・ワイオンに代表される新古典主義的な平面性とは異なる、立体彫刻に近い造形意識を反映している。貨幣という制約された円形空間の中で、肖像は静かに前方へ存在感を押し出し、「在位する身体」としての女王像を成立させている。
周囲の碑文 VICTORIA D:G: BRITT: REG: F:D: は、従来の王名表記を踏襲しつつ、肖像の重心と緊張関係を保つよう慎重に配置されている。文字は過度な装飾を排したローマン体で刻まれ、肖像の写実性と衝突することなく、国家的象徴としての秩序を静かに補強している。碑文と肖像の間に生まれる余白は、ジュビリー期貨幣に特有の静かな間を形成し、威厳を誇示するのではなく、統治の持続を示す視覚構造として機能している。
プルーフ打刻による金属表現も特筆される。肖像部にはきめ細かなフロストが施され、背景の鏡面との対比によって輪郭線が際立ち、ヴェールや宝飾の細部まで明瞭に浮かび上がる。これは通常の流通打刻では得られない質感であり、1891年プルーフが提示用プルーフとしての性格を強く帯びていたことを想起させる。
ベームは1890年に没しており、本1891年プルーフは、彼の造形理念を直接的に継承した初期段階の打刻群に属する。その意味でこのオブバースは、ベームが提示したジュビリー肖像を、きわめて完成度の高い状態で確認し得る一例であり、写実主義と国家象徴が交差するヴィクトリア朝後期貨幣芸術の到達点を静かに示している。
Reverse (reverse)
本1891年プルーフのリバースは、ベネデット・ピストルッチによる「聖ジョージの竜退治」というソヴリンの中核図像を踏襲しつつ、馬の尾が長く伸びる、いわゆるロングテール(Long Tail)タイプとして認識される意匠である。構図そのものは古典的でありながら、ロングテールの採用によって、馬体の運動感が背後へと延長され、画面全体により伸びやかな流線が生まれている。
尾の長さは単なる形状差ではなく、視線の流れと画面の呼吸を変化させる要素として機能する。通常のテール表現が動勢を比較的コンパクトにまとめるのに対し、ロングテールは外周方向へと視線を導き、図像を一段広い空間に展開させる。その結果、聖ジョージ像はより劇的というよりも、より持続的な秩序の回復を示す印象を帯びる。
エクサーグには年号 1891 が置かれ、右側に B.P. のイニシャルが刻まれている。これはピストルッチ(Benedetto Pistrucci)に由来する署名であり、ソブリンのリバースが単なる紋章ではなく、特定の芸術家による作品として成立していることを示している。抑制された配置でありながら、プルーフ打刻ではこの小さな要素が鋭く浮かび上がり、作品全体の完成度を支える細部として機能している。
プルーフならではの技術的完成度も、このリバースで明瞭に確認できる。鏡面は平滑で、立ち上がりの鋭いレリーフとの境界が明確に保たれ、筋肉の起伏、マントの縁、竜の翼膜や鱗の表現が、陰影の段差として可視化されている。特にロングテールでは、刻線が長く続く分、完成度の差が出やすいが、本個体では尾の終端まで緊張感が持続している。
ロングテールについて語る際に重要なのは、導入時期を断定しないことである。本品は、ジュビリー期におけるロングテール意匠の導入局面を示す重要な初期例として理解されており、意匠整理が進む過程を示す資料的価値を備えている。
歴史的背景
1891年のプルーフ・ソブリンは、ヴィクトリア女王治世後半における英国金貨史の中でも、制度・意匠・制作慣行が静かに切り替わる節目に位置する一枚である。その背景には、1887年に導入されたジュビリー・コインの成立事情と、その後に生じた調整と再検討の過程が深く関わっている。
ジュビリー・シリーズは、ヴィクトリア女王即位50周年(ゴールデン・ジュビリー)を記念して1887年に導入されたもので、従来の「ヤング・ヘッド」から、王冠とヴェールを纏った新しい公式肖像へと大きく刷新された。彫刻はドイツ出身の彫刻家サー・ジョセフ・エドガー・ベーム(Sir Joseph Edgar Boehm)が担当し、1880年の生身の女王による座像セッションをもとに制作された。この点において、ジュビリー肖像は理想化された古典像というより、「実在の君主」を基点とする近代的な国家肖像として位置づけられる。
しかし、1887年のジュビリー貨は、その革新性ゆえに必ずしも一様な評価を受けたわけではなかった。肖像の写実性、王冠とヴェールの扱い、そして全体の印象については、当時から賛否が分かれており、造幣局内部でも細部の調整や改善が検討され続けていた。ジュビリー貨は完成された最終形というよりも、数年にわたって洗練が重ねられていく「進行形の公式肖像」だったと見るほうが実態に近い。
こうした流れの中で、1890年にベームが死去する。これにより、ジュビリー肖像は「作者の不在」という新たな段階に入ることになり、造幣局は既存の原型を尊重しつつも、図案や細部表現をどのように整理・継承していくかという課題に直面した。1891年は、まさにその直後にあたる年であり、ジュビリー・ソヴリンの図像が制度的に再確認される過程にあった時期といえる。
本1891年プルーフ・ソヴリンは、その文脈の中で制作された特別な存在である。通常の流通を目的とした量産金貨ではなく、プルーフという形式が選ばれている点からも、この年号のソブリンが一般市場向けではなく、造幣局内部の確認用、あるいは限られた贈呈・記念用途を強く意識していた可能性が高い。実際、1891年のソブリンにおいてプルーフで現存が確認される例は極めて少なく、体系的な流通を前提とした発行とは考えにくい。
さらに重要なのは、本コインがロングテール・リバースを備えている点である。ピストルッチ以来の聖ジョージ図像は英国金貨の象徴であり、その細部が調整されること自体が稀である。その中で、馬の尾の表現が伸びたロングテールは、ジュビリー期における意匠の微調整が最も可視化された変更点のひとつであり、単なる彫刻上の変化というより、図像全体の呼吸やバランスを再定義する試みとして理解できる。
このロングテールの採用は、ベーム没後におけるジュビリー・ソブリンの整理・確定過程と重なっており、1891年プルーフはその象徴的な立ち位置を占めている。すなわち、本コインは「ジュビリー・ソブリンがどのような形で成熟し、次の段階へ移行していくのか」を示す過渡的な証言として読むことができる。
結果として、1891年プルーフ・ソブリンは、単なる年号違いの希少品ではなく、
・ベームによるジュビリー肖像の最終整理段階
・ロングテールというリバース意匠の節目
・プルーフという限定的制作形態
という三つの要素が一点に重なった、歴史的密度の高い存在となっている。
このような背景を踏まえると、本品が Wilson & Rasmussen において R7(現存1〜2枚級)と評価され、かつ PCGS で単独最高鑑定(Single Finest)として位置づけられていることは、単なる偶然ではなく、制作事情そのものが例外的であったことの反映と見るのが自然だろう。
デザインと象徴性
1891年プルーフ・ソヴリンのデザインは、ヴィクトリア朝後期における王権表象の成熟と、その象徴体系がどのように整理・洗練されていったかを端的に示している。本コインにおいて重要なのは、オブバースとリバースがそれぞれ独立した象徴を担いながら、最終的にはひとつの国家像として収斂している点である。
オブバースのジュビリー肖像は、若年期の理想化された女王像とも、後年の老境を強調したヴェールド・ヘッドとも異なり、「統治の正当性」と「個としての君主」を同時に成立させようとする中間的表現に位置づけられる。王冠は明確に示される一方で、表情は抑制され、視線は観る者を威圧しない。これは、王権を神話的存在として誇示するのではなく、帝国の持続的秩序を体現する象徴として提示しようとするヴィクトリア朝的感覚の反映といえる。
ベームの造形語法は、過剰な装飾や劇的効果を避け、量感と輪郭の均衡によって威厳を表現する点に特徴がある。その特質は、本プルーフにおいて特に明瞭で、鏡面地とフロストの対比が肖像の起伏を静かに際立たせ、王権の存在感を音量を上げることなく伝えている。ここには、「強さを語らずして示す」19世紀後半英国の統治理念が読み取れる。
一方、リバースに配された聖ジョージ像は、英国金貨における不変の象徴でありながら、ロングテールという細部の変更によって、図像全体の性格を微妙に変化させている。馬の尾が長く伸びることで、構図に時間的・空間的な余韻が生まれ、瞬間的な戦闘場面というよりも、秩序が回復されつつある過程を描く印象が強まっている。これは単なる彫刻上の変化ではなく、聖ジョージ像に込められた「勝利」の意味を、より持続的・制度的なものへと調整する試みと解釈できる。
このロングテール・リバースが、ベーム没後という時期にプルーフ形式で試みられた点も象徴的である。すなわち、本コインは新たな創作というよりも、既存の象徴をどのように整え、確定させるかという「整理の美学」を体現している。そこには、革新よりも統合を重んじる後期ヴィクトリア朝の精神が静かに反映されている。
また、本品がプルーフとして制作されたこと自体も重要な象徴性を帯びる。プルーフは単なる高品質打刻ではなく、「最も正確なかたちで意匠を提示するための形式」であり、造幣局がこの図像を公式にどのように見せたかったのかを示す意思表示でもある。ジュビリー肖像とロングテールという要素を、最も純度の高い状態で提示する手段として、プルーフが選ばれたことは偶然ではない。
総じて、1891年プルーフ・ソブリンのデザインは、王権・伝統・制度を声高に主張するのではなく、均衡と整理を通じて静かに象徴化する方向へ到達している。ジュビリー・シリーズの中でも、本コインは「変化の最中にある象徴」を最も端正なかたちで結晶化させた一枚といえ、その造形は英国金貨史における成熟の瞬間を、今なお鮮明に伝えている。
市場評価
1891年プルーフ・ソブリンは、通常のヴィクトリア朝金貨市場とは明確に異なる文脈で評価されている。流通貨や一般的なプルーフ・ソブリンが「年号・状態・需要」の三要素で語られるのに対し、本品は、年号や状態以前に「どのような目的で作られ、どの位置を占めるのか」という成立背景そのものが、評価の出発点となる。
本コインは、ジュビリー・コインにおけるロングテール・リバース導入という制度的・造形的転換点を示す特異なプルーフであり、実質的には試作的・記念的性格を帯びた位置づけにある。そのため、市場では単年号のプルーフとしてではなく、ジュビリー体系における造形と象徴の整理を示す、鍵となる資料的金貨として扱われることが多い。
実際の取引においても、価格形成は短期的な金相場や一般的なソヴリン需要とは連動しにくく、
・ジュビリー・シリーズの体系的収集
・ヴィクトリア朝後期の王権表象に関心を持つコレクター
・英国金貨の極端な稀少例を対象とする層
といった、限定されたが質の高い需要によって支えられている。
このタイプが市場に現れる機会自体が稀であるため、評価は「比較による相場」ではなく、「出現した際にどう位置づけるか」という個別判断に委ねられる傾向が強い。結果として、価格は一時的な熱量よりも、長期的な文脈と資料価値によって静かに支えられてきた。
希少性(Rグレード)
本コインの希少性は、通常の「少ない」という表現では捉えきれない水準にある。
Wilson & Rasmussen において R7 が付与されている点が示すとおり、この1891年プルーフ・ソブリンは、現存1〜2枚程度と推定される、事実上の極限領域に属する。
重要なのは、この希少性が単なる偶発的減少ではなく、そもそも大量に作られる前提が存在しなかった点にある。
・流通を目的としない
・制度変更の節目を示す性格
・造幣局内部、あるいは極めて限定された関係者向けの用途
こうした条件が重なり、本品は初めから「残らないことを前提とした金貨」として生まれている。
加えて、記録上確認される別個体は、Douglas–Morris Collection 由来のものが言及される程度で、体系的に複数の個体が追跡できる状況ではない。すなわち、この年号・仕様は「タイプとして存在する」こと自体がすでに例外的なのである。
R7という評価は、誇張的なラベルではなく、
・文献上の記録
・市場出現頻度
・主要コレクションからの確認状況
を総合した結果として付与されたものであり、英国金貨の中でもごく限られた例にのみ与えられる等級である。
鑑定・保存状態
本品がさらに特筆される理由は、希少性だけで終わらない点にある。
PCGSにおいて PR65+ DCAM の評価を受け、かつ Single Finest(単独最高鑑定) として登録されていることは、このタイプの中で事実上の頂点に位置することを意味する。
プルーフ・ソブリンにおいて PR65+ DCAM は、単なる高評価ではなく、
・鏡面の深さ
・フロストの均質性
・コントラストの鮮明さ
・金属表面の健全性
がいずれも高水準で揃わなければ到達しない領域である。
特に本品では、ジュビリー肖像の量感、聖ジョージ像の輪郭、そしてロングテール部分の細部に至るまで、打刻の緊張感が明確に保たれている。これは、単に保存が良いというだけでなく、造幣時点での完成度が極めて高かった個体が、そのまま現在まで伝わったことを示している。
Single Finest であるという事実は、「より良いものが存在しない」という現状を意味するだけでなく、将来的に同等以上の個体が現れる可能性が極めて低いことも同時に示唆している。R7という希少性と、この保存状態が重なっている点において、本コインは比較対象をほとんど持たない。
1891年プルーフ・ソブリンは、ヴィクトリア朝後期の金貨史において、単なる年号違いや状態差では語り得ない、明確に異質な位置を占める一枚である。本コインは、ジュビリー・コイン体系におけるロングテール・リバースの初出を示すのみならず、その移行がどのような思想と造形意識のもとで行われたかを、極めて純度の高い形で伝える存在である。
ベームによるジュビリー肖像は、王権を誇示するというよりも、長期統治を経た君主の威厳と持続性を象徴的に定着させた造形であり、本コインのオブバースには、その完成形が静かに結晶している。一方、リバースにおけるロングテールの導入は、単なる意匠変更ではなく、英国金貨における視覚的バランスと象徴性を再定義する試みであった。本品は、その最初の打刻として、制度的・造形的転換の起点に立つ。
本コインが流通を前提としないプルーフとしてのみ存在し、かつR7という極限的な希少性を帯びている点は、造幣局がこの一枚に託した役割の特殊性を物語る。これは市場に供給される商品というより、体系の節目を示すための「記録された金貨」であり、残存そのものが例外である。
さらに、PCGSにおいて Single Finest として評価されている事実は、このタイプの中で造形・打刻・保存状態が最も高い次元で成立していることを意味する。ジュビリー肖像の量感、聖ジョージ像の躍動、ロングテールの線の張り、そのすべてが、プルーフ特有の緊張感を保ったまま現在に伝えられている。
1891年プルーフ・ソブリンは、英国金貨史の中で「美しい」「希少である」という評価にとどまらず、制度の転換、王権表象の再構築、造形思想の継承と更新が一枚に重なった、極めて密度の高い存在である。比較可能な対象をほとんど持たず、体系的収集においても、歴史的理解においても、代替のきかない位置を占める。
長期的に保持されるべき価値とは、単なる価格の上昇ではなく、時間を超えて意味を失わない構造を持つことにある。本コインはその条件を静かに満たしており、英国金貨を深く理解しようとするコレクションにおいて、ひとつの到達点として据えられるにふさわしい一枚である。

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