基本信息
発行地: ハンガリー王国/トランシルヴァニア、Baia Mare(Nagybánya)造幣局
年 号: 1703年(オーバーデイト 1703/2)
額 面: 5ダカット金貨(5 Ducats)
品 位: 金 0.986 前後(当時のハンガリー金貨標準)
重 量: 17.34 g(NGCラベル)
直 径: 約45 mm前後(文献値・個体差あり)
鑑 定: NGC MS62+ 鑑定番号 2175202-001
文 献: Friedberg 133;Huszár 1295(R12);Herinek 134;CNA V 114-2-a
ハンガリー王国 レオポルト1世 1703/2年 5ダカット金貨 Nagybánya造幣局 “CROWN DIVIDES DATE” NGC MS62+ Ex Newcomer Collection / The Traveller Collection

ハンガリー王国 レオポルト1世 1703/2年 5ダカット金貨 Nagybánya造幣局 “CROWN DIVIDES DATE” NGC MS62+ Ex Newcomer Collection / The Traveller Collection
────────────────
概述。
────────────────
本コインは、ハプスブルク家レオポルト1世の治世下、ハンガリー王国の鉱山都市 Baia Mare(ハンガリー語 Nagybánya、ドイツ語 Frauenbach/Neustadt)で鋳造された 1703/2 年銘の 5 ダカット金貨である。重量 17.34 グラム、金品位約 0.986 という多量目金貨特有のスペックを備え、主として宮廷儀礼や恩賞に用いられた「儀礼用大型金貨(Presentation issue)」に分類される。
年号「1703」は、実際には 1702 年の銀ターレル用ダイスを流用し、末尾の「2」を「3」に彫り直したオーバーデイト(1703/2)である。新しいダイスを制作する余裕が乏しかった戦時下において、既存のターレルの図像を金貨に転用し、必要最小限の枚数だけを儀礼目的で打った事情を示すものといえる。すなわち本品は、「銀貨の図像を金貨へ移し替えた特例的発行」として、造幣史的にも極めて興味深い位置に立つ。
表面には長髪・ローレル冠のレオポルト1世胸像、裏面には王冠を戴く双頭の鷲と複合紋章が配され、周囲に王号を刻むラテン語銘文がめぐる。ターレル由来の力強い写実性と、金という素材がもたらす温かな光沢が響き合い、17世紀末ハプスブルク宮廷の成熟した美術語法が凝縮されたデザインとなっている。
さらに本コインは、1936年3月26日の Spink オークションにて Newcomer Collection(Lot 295)から出品されたことが記録される古来歴を持ち、近年では NGC がラベルに記載する The Traveller Collection に属した個体である。20世紀前半の古典的コレクションと現代の著名コレクションをともに経た、稀少発行としては申し分ない pedigree を有する。
現在、NGC の鑑定では MS62+(Top Pop 1/1)として登録されており、保存状態・由緒・希少性の三要素が揃った、Friedberg 134 “CROWN DIVIDES DATE” タイプの基準的存在といえる。
表面(正面)。
表面には、ローレル冠を戴いたレオポルト1世の胸像が右向きに刻まれる。長く流れる巻き毛、装飾を伴う甲冑、その上にかかる重厚なマントが、17世紀末ハプスブルク宮廷の特徴的な様式をよく伝えている。髪のカールやレース襟の細部まで鋭い線描で表現され、銀ターレル由来の彫刻的な力強さが金地の上で一層際立つ。
胸元には金羊毛騎士団の徽章が鎖とともに下がり、王朝的威信と騎士団的栄誉が象徴的に示されている。さらに肖像の前方には小さな聖母子像(Madonna with Child)のメダリオンが配され、レオポルトの統治が聖母の加護のもとにあることを暗示するという、17世紀ハプスブルク特有の宗教的語彙が巧みに組み合わされている。
周囲の銘文は
LEOPOLDVS • (Madonna with Child) • D • G • RO • I • S • AVG • GER • (Hungarian shield) • HV • BO • REX
と読め、略号を補うと
Leopoldus, Dei Gratia Romanorum Imperator, Semper Augustus, Germaniae, Hungariae, Bohemiae Rex
となる。「神の恩寵によるローマ皇帝、常に尊厳を有する者、ドイツ・ハンガリー・ボヘミアの王」という意味で、レオポルトの多重の支配権が明確に示されている。
外周のビーズリム・ロープ状インナーリング・髪の束やレースの陰影など、細密表現が高密度に展開され、銀ターレルの造形を大径の金貨に転写した本品の特異な成り立ちを如実に物語る。
反向(逆向)
裏面には、王冠を戴いた双頭の鷲が大きく翼を広げ、その胸部に複雑なクォータリングを持つハプスブルク家の複合紋章盾を掲げている。双頭の鷲は神聖ローマ皇帝の象徴であり、左右二つの頭は東西の統治権、あるいは世俗と宗教という二重の領域を象徴すると解される。
胸の大盾は、ハプスブルク/ブルゴーニュのハートシールドを中心に、オーストリア・ハンガリー・ボヘミアなどの主要領邦の紋章を組み合わせた構成で、その周囲を金羊毛騎士団の鎖が囲む。これは王朝としての権威と騎士団的名誉を重層的に表現するものであり、表面の肖像面と対応する「国家の紋章的自己像」を形成している。
外周には
ARCHIDVX • AVS • DVX • BVR • MAR • MOR • CO • TY • 17 • 03
と刻まれ、
Archidux Austriae, Dux Burgundiae, Marchio Moraviae, Comes Tyrolis
などレオポルトが保持する主要称号が列挙される。年号は「17」と「03」に分かれ、その間に王冠が置かれる “CROWN DIVIDES DATE” の配置が、本タイプの識別点である。
双頭鷲の羽毛、盾の細分区画、金羊毛騎士団の鎖の輪郭、王冠上部の装飾まで、ターレルの強い打刻を引き継ぐ鮮明な線が残り、金によって一層輝きを帯びた造形が広がる。足元の「N – B」は Nagybánya(Baia Mare)造幣局を示す明瞭なミントマークである。
────────────────
歴史的背景
────────────────
1700年代初頭のハプスブルク帝国は、ヨーロッパ規模のスペイン継承戦争(1701–1714年)と、ハンガリーでのラコーツィ独立戦争(1703–1711年)という二つの大規模な戦争に同時に直面していた。ハンガリー王国内の鉱山都市 Nagybánya(現ルーマニア・Baia Mare)は、中世以来金銀鉱山によって発展した都市であり、この時期にも帝国財政を支える重要な産地の一つであった。
このような戦時体制のさなかに、Nagybánya 造幣局では銀ターレル用に用意されていた既存のダイスを転用し、年号部分のみを 1702 から 1703 へと彫り直したうえで、5 ダカット金貨が鋳造されたことが、専門カタログの記述から知られている。すなわち本種は、1702年銘ターレルのダイスを基礎とし、その末尾数字を 3 に改刻して打たれた「1703/2」オーバーデイトであり、「ターレルの図像をそのまま金貨に移し替えた」特例的な発行形式に属する。5 ダカット級の多量目金貨は、一般に実際の流通用ではなく、儀礼・顕彰・贈答など限られた用途のために少数だけが打たれたと理解されており、本コインもその系譜の中に位置づけられる。
本品に刻まれたローレル冠のレオポルト1世胸像と、王冠を戴く双頭の鷲および複合紋章から成る裏面の構図は、個人としての君主レオポルト1世と、ハプスブルク帝国という国家体制の両方が、1703年前後の緊張した国際情勢のただ中にあったことを象徴的に物語るものと言える。銀ターレルに由来する力強い図像を高品位金に移し替えたこの 5 ダカットは、戦争と財政・鉱山経済・宮廷儀礼が交差した時代環境の中で生まれた作品として、美術史・貨幣史の両面で高い資料価値を備えている。
────────────────
デザインと象徴性
────────────────
本コインのデザインは、表面に「君主の肖像」、裏面に「王朝の紋章」を置く構成をとることで、ハプスブルク王権における「統治者個人」と「帝国という体制」の二つの側面を、視覚的に切り分けて示していると理解される。
ローレル冠を戴いたレオポルトの肖像は、古典以来、勝利・徳・正統性を象徴する図像として用いられてきた冠に、金羊毛騎士団の勲章と聖母子像のモチーフを重ね合わせたものであり、宗教的な正統性と王朝的威信を一体として表現しようとするハプスブルク君主像の典型のひとつと考えられる。一方、裏面の双頭の鷲と複合紋章は、個人としての君主像から離れて、帝国そのものを示す紋章的アイコンとして機能し、軍事的保護と多領邦の統合を象徴する図像として広く用いられてきたモチーフである。
銀ターレルに用いられた図像を、ほぼ同じ構成のまま金の多量目金貨に移し替えることで、同一の彫刻線が金特有の明度と輝度を得て、肖像・紋章ともにより立体的で密度の高い印象を与えている。表裏を合わせて見ると、「統治者の人格」と「帝国の体制」という二つのレベルを一枚に収めた構成になっており、17世紀末から18世紀初頭にかけての宮廷美術の性格がよく反映されたデザインといえる。
────────────────
市場評価
────────────────
本タイプ(Huszár 1295, Friedberg 134, Herinek 134、いわゆる “CROWN DIVIDES DATE” 類)は、Friedberg・Huszár・Herinek など主要文献で一貫して稀少品として扱われており、Huszár 1295 では R12 に分類される。これは「現存がきわめて限られる高レアリティ」を示す指標であり、同時代の 1 ダカットや通常金貨とは明確に一線を画する希少性を意味している。
近年の国際市場においても、Nagybánya 造幣局 1703/2 年の 5 ダカットは、ごく限られた周期でしか出現せず、その多くが Plugged(穴埋め)、マウント痕、クリーニング痕など何らかの加工・使用痕を伴う個体であることが各種オークション記録から確認できる。Mint State 級、かつオリジナル表面の質感を良好に保つ個体はさらに少なく、本コインのように審美的にもバランスの取れた例は、市場の実務感覚として「タイプの基準となり得る一枚」とみなされるポジションにある。
加えて本品は、NGC において MS62+ のグレードで登録されており、同年同タイプの 5 ダカットについて現時点で Top Pop 1/1 と位置づけられている。これは単に数字上の最高鑑定というだけでなく、「実在する個体群の中で、保存状態と見た目の両面から見て頭一つ抜けた品質」として評価されていることを意味する。
由緒の面でも、1936 年 Spink による Newcomer Collection(Lot 295)にさかのぼる古い来歴を持ち、近年では NGC ラベルに明記される The Traveller Collection の一枚として扱われた経緯が確認されている。すなわち本コインは、文献上のレアリティ、実際の市場出現頻度、グレード上の位置づけ、そしてコレクション史という四つの観点から、その価値が重層的に裏付けられた 5 ダカットであると言える。
────────────────
希少性
────────────────
Huszár 1295 の R12 表記に示される通り、本タイプは「きわめて稀少な」カテゴリーに属する。ターレル・ダイスを転用した 1703/2 の特殊な編年、Nagybánya という鉱山都市における限定的な金貨生産、そして 5 ダカットという儀礼用多量目金貨の性格が重なり合い、現存個体数はごく少数にとどまると考えられる。
鑑定人口の面でも、本コインは NGC において MS62+ で登録されており、ラベル上で同タイプの Top Pop として扱われている。文献におけるレアリティ指標、既知の市場出現頻度、公表されている鑑定人口を総合すると、本コインは「このタイプを代表し得る個体」として位置づけて差し支えない存在である。
────────────────
鑑定・保存状態
────────────────
NGC MS62+ の評価は、Mint State として十分なクオリティを備えつつ、通常の MS62 を上回る魅力的要素を持つ個体に与えられる。表面・裏面ともにターレル由来の深い打刻がよく残っており、視覚的な情報量は非常に高い。
表面では、レオポルトの顔立ち、ローレル冠の葉、巻き毛の束、レース襟、金羊毛騎士団の勲章、聖母子メダリオンなど、ごく細い線で刻まれた要素まで明瞭で、フィールドのサテン光沢も良好である。
裏面の双頭鷲と複合紋章も、羽毛の一本一本、紋章区画の境界線、金羊毛の鎖、王冠上部のパールなど、細部が鮮明に残存している。大判金貨としてはエッジ部の打痕やフラットニングも比較的少なく、マウント痕・プラグ痕・強いクリーニング痕といった減点要素も見られない。
17グラム超の多量目金貨として、重量由来の劣化が抑えられている点は、MS62+ という評価の説得力を裏付ける重要な要素となっており、実物の印象としてもグレード以上の満足感を与える保存状態といえる。
本コインは、1703年前後の戦時体制下で、銀ターレルの図像を金の多量目金貨に移し替えて打たれた、ハプスブルク貨幣史における特例的な儀礼金貨である。オーバーデイト1703/2、Nagybánya造幣局、CROWN DIVIDES DATE、5 ダカットという複合条件は、この発行を編年・造幣史の両面で特別な存在として位置づける。
さらに、1936年 Spink の Newcomer Collection からの由緒と、近年の The Traveller Collection を経た pedigree、そして NGC MS62+ Top Pop 1/1 という鑑定上の特別な位置は、本品を同タイプの中核的存在として確固たるものにしている。
ハプスブルク帝国の緊張期における美術・政治・造幣事情が重層的に刻まれた作品であり、ヨーロッパ多量目金貨の文脈においても長期的評価に耐える、資料価値の高い一枚である。

要提交评论,您必须是注册会员。